翠の風は悪戯に
 

 “真ん丸パーティーvv”



気がつけばもう7月がすぐそこまでやって来ており。
西日本はそうでもないらしいが、
関東では今のところはそれほどの雨も降らぬうち、
このまま梅雨明けとなってしまうのかなぁなんて。
顔見知りの方々と出先でお会いするとついつい、
そんな話ばかりが取り沙汰されもする今日この頃だが。
今日はそれでも梅雨らしい曇天で、
窓の外にはお隣の夾竹桃の生け垣が望め、
ところどころに赤紫の蕾がポチポチと顔を出しており。
こんな形でも夏の近さを現しているんだなぁなんて、
ちょっぴり感慨にひたっておれば。
そこから現実へ呼び戻さんというお元気な足音が聞こえて来て、

 「じゃぁ〜ん♪」

ホントはもっと高々と掲げたかったらしいそれ、
何とか胸の高さまで持ち上げて見せたイエスだったのへ。
いつもならドアを開けたら まずはお元気な“ただいま〜”とくるはずが、
それさえ後回しになるなんてどうしたのと。
外出から戻ったばかりのメシアへ、
???というお顔で かっくりこと小首を傾げるブッダだったりし。
そんな相方の様子へまったく気づかない彼でもなかろうに、

 「いやぁ、こぉんな重たいとは思わなくて。」

自分の非力さへだろう アハハと苦笑をしつつ、
ずんずんと上がって来た六畳間の卓袱台の上へ、そろりと乗っけたいかにも使い回しの紙袋。
ビニールのコーティングがされたその上、
重たい中身に合わせてか、二重になっていたらしく。
そんな中へと長い腕を突っ込んでイエスが取り出したものはというと、

 「あ、それって…。」

よっく使い込まれたものなのだろう、角っこは丸くなっているものの、
それでも丁寧に使っておいでか、きれいなままの化粧箱に入った、

 「タコ焼き器?」
 「そおvv」

蓋の側にプリントされた写真には、
美味しそうに焼けた 真ん丸い粉ものの鉄板焼きグルメ。
ホットプレートと同じ電熱式のそれは、
5個3列という標準サイズの 家庭用タコ焼き器だそうで。

 「竜二さんが言うには、
  カセットコンロ式のガスのの方が火力が強くてカリッと焼けるそうなんだけど、
  初心者だったら火加減が難しいから こっちからだって。
  鉄板もテフロンだから後片付けも楽だろうって。」

そうと説明をしながら、まだ何か入っていたものか、
これとこれもとスーパーのビニール袋を取り出す。
半透明の袋の中には、油を引くための太めの丸刷毛とか、
生地を流し込むのに使うのか、片口になった金属製の片手計量カップと
返しに使うのだろう千枚通しが入っており。

 「わあ、至れり尽くせりじゃないか。」

ちょっぴり油っぽい本体だったの 匂いから感じたか、
畳みかけてた昨日の新聞を広げて卓袱台に敷き、
そこへと手振りで示したブッダだったのへ。
うんうんと頷いて横に長い箱から滑り出させた本体は、
ボディの赤が鉄板の黒にようよう映える可愛らしい外観で。

 「言ってみるもんだねぇ。」
 「ていうか、すぐに“はいっ”て手渡し出来ちゃう竜二さんが凄いって。」

見た目いい歳恰好の成人男性が二人、
でもでも異国人じゃあしょうがないかという盛り上がりようで、
日本じゃメジャーになりつつあるホームパーティーアイテムへ、
ずんとはしゃいでおいででござる。
コトの発端は昨日の今頃、新聞に折り込まれていたチラシの中の1枚を見やってのこと。
結構お上手な織姫と彦星らしきイラスト付き
手書きのそれだろう、
彼らにもお馴染みな商店街での夏のイベントへのお知らせが綴られてあり。

 『あ、今年もあるんだね。商店街の七夕祭り。』

そろそろ7月、となると、我らがハッスル商店街では七夕祭りというイベントがある。
お買い物に応じて引換券を集めて引く福引や
子供たちが願い事を書いた短冊をメインツリー(?)の大きな笹に吊るすといった催しは勿論のこと、
ステージを設けて、ミス浴衣を選んだり 芸人さんのパフォーマンスを披露してもらったり。
一般参加のお宝探しなんていうお楽しみもあったりするのだが、

 『お祭りといや、竜二さんたちは屋台出すのかな。』
 『あ、そうだったねvv』

神社の沿道や商店街にご町内の中通りなどなどで
春夏秋冬、節季に合わせ、いろいろとお祭りの多いこちらの地域。
その賑わいをなお盛り上げるべく、
お仲間内とタッグを組んで、
かき氷や焼ソバ、フレンチドッグといった食べ物屋さんや
射的に輪投げ、ヨーヨー釣りといったお遊び系の屋台、
幾つか出してた彼らだったの思い出し。
素人の自分たちがお手伝いというのは烏滸がましいけど
いやいや そういう話じゃあなくて。
縁日といえばで、食べ物フェスで紹介されることが多いフード、
最近は本場の関西のみならず、ここいらでも自宅で楽しむ人も多いという

 『たこ焼きって焼いてみたいと思わない?』
 『あ、私も思ってたvv』

これこそ正しく“思いつき”で浮かんだことで、
お祭り、縁日という連想ゲームの末に浮かんだフレーズにすぎぬ。
バーベキューとか一緒にいかが?と誘われることも多く、
言えば “じゃあ、一緒にタコパしましょうか”と運んでも下さる竜二さんのご一家だろうが。
愛子ちゃんもまだ学校だろうし、
それでなくたっていよいよの7月を前に夏祭り本番とあって向こう様のご都合もあろう。
いつもいつもそこまで手を尽くしていただくのもどうか…ということで、
今回は自分たちでまずは挑戦してみたくてと
もしもお持ちなら道具だけ貸してもらえないかと持ちかけたところ、
ようがすと二つ返事で応じてくださり。
持ってくるというの、近くまで出る用事があったイエスが受け取って此処へとお迎えした次第。
ブッダへも内緒にしていたらしくて、
なんて嬉しいサプライズかと、わあとお顔が嬉しそうにほころんだのを見て、
イエスとしても面目躍如か、ふふーとどこか誇らしげ。

 「あ、ほら。静子さんがレシピを書き出してくれたみたい。」

袋の中にはメモも入っていて、
今時はケーキミックスみたいにお好み焼きやたこ焼き用の調味された粉もあるとのことだが、
小麦粉からなら薄力粉200gに、卵3個と だしか水を650ccがちょうどいい配合だと
基本のアドバイスから記されている気の回しよう。
それから、

 「ブッダってタコもだめなんでしょう?」

アヒンサー(非暴力)の最たるものとして、肉や魚は口にしない彼なので。
となると中に入れる具材も自然とベジタブルなそれとなるのは必至であり。

 「コーンとかお餅とか、サッと炒めたみじん切りの玉ねぎとか、
  チーズにポテサラ、キムチ、
  ブロッコリーとかプチトマトも案外美味しいんだって。」

勿論のこと、青ネギや紅しょうが、揚げ玉も忘れずにと
そこまで書かれたアドバイスへ、
成程なるほどと、これから買い物に出るのへ参考にするものか
ブッダが真面目に頷いていたけれど。

 「…あと、明太子ってのもあるみたいだけど、ブッダって魚卵はダメみたいだねぇ。」
 「あ、うん。そっちはちょっと。」

鶏の卵はよくて魚はダメというの、
同じ“卵”なのにその差って何でかなぁと イエスも長いこと不思議だったようだけど。
いつだったか訊いてみたところ、

 『だって、魚の卵はお腹を裂いて取り出すじゃないか。』
 『あ・そっか。』

そんな事情からNGだそうで。まま、それはともかく、

 「よーし、準備にかかろう。」
 「うんっvv」

まだまだ6月、しかも平日真っ只中ではあったれど、
そこがバカンス中の身なればこその醍醐味で。
さすがに買い置いてなかった揚げ玉や紅しょうが、
冷凍でいいらしいトウモロコシ、
ポテトサラダは間の良いことに昨夜作ったのが余っていたのでそれを使おうと、

 「それから、勿論のこと、イエスにはタコもね。」

ただし、小さめに切るところとか自分で手掛けてもらうけどと、
ブッダからお願いするように言われて、任しといてと胸を叩いて、さて。
あらためてのお買い物へ、うきうきと出かける最聖のお二人だった。




       ◇◇


静子さんからのメモには、焼き方の手順やコツも書かれてあって、
手際よく作るための下準備として、
具材は前もって全部を小さく刻んで用意しておくこととか、
油引きや千枚通しは転がっていかないよう気をつけることとか、
テーブルがどうしても汚れるので新聞紙で全面覆った方がいいが
ただしどこが端っこかが判るようにとか、
彼ら二人がどれだけ初心者かをようよう把握しておいでの諸注意が
それはそれはありがたく。

 「じゃ、じゃあ焼くよ?」
 「うんっ。」

鍋物やホットプレート料理は経験もなくはないけれど、
こちら、完全にお初な代物なだけに、
どちらもややドキドキしつつの初挑戦へと踏み出して。
熱くした鉄板へふさふさの油引きで油を敷き、
分量で溶いた生地をじゅわじゅわと流し入れる。

 「えっと、窪みにだけじゃなくて、
  縁がちゃんと立って堰き止められるからあふれるくらいにって。」

 「え? 全部繋がっちゃわない?」

 「そうなった方がいいんだって。」

愛子ちゃんが描いたか、
ところどころにたこ焼きらしいイラストが散らばった指南書には、
そういう質問ももっともなのか先んじて書いてあり。
大きなお好み焼きかもんじゃのような状態となった鉄板へ
流し込んだブッダがあわわと早速焦っていたけれど、

 「生地が白っぽくなって焼ける前に、具材を入れる。
  ネギや揚げ玉はいくつずつと几帳面にならずともいいので鷲掴みにして撒くように、
  紅しょうがは入れ過ぎるとしょっぱくなるので注意して。
  メインになる具材は勿論1つずつ、窪みへ目がけて素早く入れていくようにって。」

 「う、うんっ。」

ああ、こういう時に千手観音さんの一杯ある手がうらやましいと思ったかどうか。(笑)
やっぱりちょっぴり焦りつつ、タコやトウモロコシなどなど、
こっちからこっちは野菜ねと最初に決めておいた区画へ投入してゆき、

 「はみ出したところに線を引くようにして、千枚通しで生地を切り分けていきます。」

 「え? そんな大雑把でいいの?」

板チョコみたいに一体化している生地、
窪みの円の形にだけくりんと切り取るものかと思っていたらば、
そして余分なところは取り除くのかと思っていたらしい如来様だが、
そこへは器用な図解の説明がついていたの、イエスが見せてくれて。

 「ほら、はみ出した分もねじ込むように千枚通しの先で突っ込みながら、
  90度ほど返すんだって。」

 「わぁあ、出来るかなぁ。」

これも“調理”なのでと、ブッダの側が返す役を受け持ったようだけど、
何せ初めての体験なので、緊張もしきり。
ホットケーキや出汁巻き玉子を返すようにとはいかないか、
くるんと傾けかけた途端、
まだ生に近い中身がどっと外へあふれ出したのへひゃあと手が引っ込む始末。
でもでも何とか気を取り直し、えいえいとはみ出し部分も突っ込んで返したが、

 「90度? 180度の間違いじゃあ。」

途端にブッダが小首を傾げる。
半円状態だったのへの蓋をしつつ、残りの半円を焼くんでしょ?と。
だったら180度返さなきゃおかしくないかいと、
ガッチガチに緊張していた割に、すぐさま冷静に断じるところはおさすがだけれど、

 「それも書いてあるよ?
  そう思って半円ずつ焼こうとすると、
  却って碁石みたいな平たい出来になっちゃうんだって。」

 「でも…。」

90度では どう見たって…懐かしゲームのパックマンみたいに口が開いている。
破れた出来になっちゃわないかと、
それを案じるブッダの気持ち、イエスもようよう判るのだけれど、

 「今度はすぐに残りの90度を返すんだって。」
 「あ、うん。こう…っと。」

やや焦りつつ、開いてた残りを塞ぐように返す。
もちろん他のもどんどんと返してゆき、

 「あとは、一番はっきりした焼き目が上になるよう、
  クルクル軽く弾ませるように返してって、
  最後に油引きか刷毛でたこ焼きの方へ仕上げの油を薄く塗って
  くるんと上下を焼いたら出来上がりって。」

 「おお、いよいよですか♪」

15個もあるのでと、イエスも向かい合う自分の側のを返してゆく。
ちなみに、これがガスの直火タイプの鉄板でなら、
場所によって焼き上がりが違うのを見極め、
火力の弱いところのを強いところへと引っ越しさせたりもするので、
具材が場所によって違うとか、ドッキリでマスタードなんて忍ばせた場合、
場所がどんどこシャッフルされてしまい、それがまた笑えることになるのだが。(ホンマにな) 笑
こちら様の場合はそうはならなんだようで、無事に均一な仕上がりとなり、

 「さあ引き上げよう。」
 「うんっ。」

指南書にあったように、成程心配していたような破れた出来となったのは
…2、3あったが それでも大体はくるんと丸く仕上がっていて。

 「さすが、経験者の言うことは正しいんだねぇ。」
 「ホントだねぇ。」

いびつなものも多々あったが、売り物に出来そうな真ん丸で焼き目も適度というのも見受けられ、
香ばしい匂いと湯気とが何とも美味しそう。
焼いている間は緊張していてそれどころじゃなかったが、
この出来栄えにはおおうと感動した二人。
とんかつ用ソースをかけ、青のりを振って、
じゃあ箸をつけましょかと、いただきますと手を合わせ、
ふうふうとよ〜く息を吹きかけてからパクリと口へ運んだものの、

 「わっ、熱い熱いっ。」
 「ひゃあ、水、水っ。」

そうでした、くるんと丸いその中はとろんと柔らかいのが上手なたこ焼きの条件であり、
そうであるからこそ、カリカリな外側だけ冷ましても中はなかなか冷めてはくれぬ。
沸かし置きのウーロン茶をグラスに注いであったのを、それぞれで慌てて口へと運び、
それでやっと ぎゅっとつむっていた目を何とか開けられるほどには落ち着いた。

 「ああ驚いた。」
 「ふふ、そうだね。」

酷い目に遭ったには違いないけど、お顔を見合わせ合うとそのまま吹き出してしまうのもお約束。
美味しかったね、うん買って来たのみたいだったね、と。
笑顔で評し合い、今度はますますと用心しいしい次のへ齧りつく。
やはりまだまだ熱かったが、今度は予測もあったこと、
ほふはふと吐息を上手に逃がして冷ましてゆくのだが。
そのためにと口を開くのを隠すよに
指を伸ばした手を軽く口許へと当てた釈迦牟尼様のお行儀の良い所作が、

 “…わvv/////////”

何だか何でか、品があって でも可愛くて。
目が合うとそのまま、
照れが半分、あとは美味しいねという意思表示か、
ふふーと目許をたわませて微笑ってくれたのがまた、

 “うわわvv////////////”

予期せぬ甘い攻撃となり、
イエスとしては目が離せないくらいに萌えたよで。

 “写メ撮りたいっていったらおかしいかな?”

冠にバラが咲いてないかしら、
このごろ過敏ですぐにも気持ちがバレちゃうから困りもの。
ああでも、なんて可愛いんだろう、
食べてる間じゅうはこのお顔してくれるの?
だったら たこ焼き万歳だなんて、いろいろいろと思いつつ。
機械的にもぐもぐと口を動かして、
2個目を食べちゃっても気づかぬままな彼なのへ、

 「イエスもこっち食べる? コーンと玉ねぎ、美味しいよ?」

甘いし食感もプチプチってしててと、
ご本人様から何気ない声がかかってあわわとどぎまぎ。

 「イエス?」
 「あ、あああ、ああ、うん。いただこうかな?/////////」

何をそんなに慌てているのか、そっちへこそキョトンとされつつ、

 「あ、そだそだ。冷たい飲み物も用意しようね。/////////」

不器用なクラウチングスタートよろしく、
わたわた立ち上がって、キッチンの方へと逃げ出すイエス様なのが、

 「イエス?」

一応氷とか用意してあるのにねと
次の生地を用意しつつもブッダに小首を傾げさせてたり。(笑)




誤魔化すようにと台所へ駆けだしたイエスだったが、
勿論のこと、それで終わるよな芸のないことでは終わりません。
冷蔵庫を覗いて炭酸を取り出すと、
ブッダにはワインのソーダ割り、こっそりシロップを添えて、
自分にはもうミントは常備してましたのモヒートを作って戻って来たので。
アツアツメニューを肴に、昼下がりのプチ酒盛りと相なって。
大豆ミートの甘辛そぼろが お惣菜みたいで不思議と美味しいとか、
餅チーズは醤油をつけると和風になるとか、
ほんのりとアルコールも入ったせいか
思ったことをそのまま他愛なく云い合ってみたりする。

 「それぞれに食べられないものがあったり苦手があったり。
  それでも楽しく過ごせるんだから、たこ焼きって凄いよねぇvv」

 「でも、イエス、これを片手に布教するとか言いださないでね。」

とりあえずペドロさんやアンデレさん辺りに広めかねないなぁとブッダが苦笑すれば、

 「そ、そんなことしないもの。///////」

妙に口ごもる誰かさんだということは、
さては思わないでもなかったかもで。
おやおやと、見透かしちゃったという笑いようを返されたのがちょっと癪だったのか、
静子さんからのメモを手に取ったイエスだったが、

 「ホットケーキミックスでベビーカステラも焼けるって。」
 「うわ、どういう隠し玉だよそれ。」

そっちだと具は餡子かジャムだね、
それかホイップクリームとか、と。
それってもはやたこ焼きじゃないようなところまで話は飛んでき。
夏のお祭りの前哨戦のような真昼の宴、
すっかりと堪能したお二人へ窓の外から、
まだ早い目の、しかもそこにあったハナミズキとは間違いなく樹の種の違う桃やマンゴーが
ころんころんと転がって来て乱入したのは…相変わらずな 奇跡のおまけだったようでございます。







    〜Fine〜  16.06.29.


 *なんか取り止めのない話になっちゃったですね。
  たこ焼きパーティーがしたいという欲求だけで書きました故。(おいおい)
  たこ焼きといえば、関西地方ではガス管をつなぐタイプのタコ焼き器も結構メジャーです
  カセットコンロが普及する前は、小口コンロを卓上へ引っ張ってきたのと同じノリ。
  火力が目で見て調節できるので、
  もーりんチでは長いことこっちので焼いてたなぁ。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


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